駕籠真太郎の漫画を読む時間は人生における無駄な時間

携帯をパカパカする時間=人からの連絡を期待している瞬間とするならば携帯の開け閉め時間よりも無駄な時間。少なくとも後悔だらけの今日一日を振り返って一番ダメだった出来事がツタヤ巡りのついでに寄ったブックオフ駕籠真太郎を立ち読みしたことだったのは確かなこと。ひとこと「猟奇」といえばそれでいいのかもしれないが、セックスとグロとナンセンスで世界的な「おかしさ」や「ずれ」を表現したソレは現実から途方もなく掛け離れていて、そして何も生み出さない。世の中はタイミングでできていて、人生が変わる瞬間や終生大好きな音楽に出会う時などは全てが必然であり偶然であるとするならば、「間違えてしまった」としか言い様がないこの出会いは一体どういう意味を持つのだろうか。最低限度の言葉を過去から投げかけるとすれば、「散々興味があるフリをしてきたけど、自費で買わなくてよかったね」。
読んでいた単行本のタイトルさえ思い出せないけど最初のほうに収録されてた「痛みや皮膚感覚が後からやってくる伝染病」の話は面白かったかもしれない、痛覚残留的なニュアンスのみ残せばだが。最高に最低だと言い放っているけれど本が悪いのでも駕籠真太郎が悪いのでもなく、悪いのは俺の今日だけなのだ。今日はダメな日だったのだ。本当に・・・